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東京高等裁判所 昭和24年(ネ)38号 判決 1949年7月08日

控訴人 原告 柴田忠恕

訴訟代理人 田代源七郎

被控訴人 被告 埼玉県知事

訴訟代理人 井上達三

主文

原判決を取消す。

本件を浦和地方裁判所へ差戻す。

事実

控訴代理人は原判決を取消し、別紙目録記載の農地の買収処分に於ける買収の対価をそれぞれ同表中変更要求価格の通りに変更する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示と同一であるから、総てこれを引用する。

理由

控訴人が本訴に於て請求原因として主張する所は次の通りである。即ち憲法第二十九条第一項は財産権はこれを侵してはならないと規定し、同条第三項は私有財産は正当の補償の下にこれを公共のため用いることができると規定し、以て私有財産権を保障している以上、農地買収に当つてはその買収当時に於ける一般経済事情を考慮してその対価を公正に決すべきことは言を俟たない。然るに自作農創設特別措置法第六条第三項が賃貸価格ある農地につき定めたその買収の対価、即ち田についてはその四十倍、畑についてはその四十八倍の範囲内の対価は今日の経済事情より見るときは著しく低きに失し、憲法の保障する「正当の補償」と認め難きことは極めて明白であり右第六条第三項の対価の最高限の規定は憲法に違反して無効のものである。ところが被控訴人は別紙目録記載の土地につき右第六条第三項所定の倍率により同目録記載の対価で買収を決定したのであるから右買収処分は違法である。仍て控訴人は被控訴人の買収処分によつて買収された右農地につき、その買収の対価の額を正当の補償額、即ち右第六条第三項の最高限を越えた所の、現在の経済事情よりする正当の補償額に変更せんことを求める次第である。

惟うに原審は控訴人の本訴請求を以て自作農創設特別措置法第十四条の規定に服すべきものとし、従つて控訴人は国を被告として訴を提起すべきであつたに拘らず、被控訴人即ち埼玉県知事を被告として訴を提起したのは失当なりとし、この理由によつて控訴人の請求を棄却したのである。而して右第十四条は同法第三条の規定により買収した農地の対価の額に不服ある者は、国を被告として訴を以てその増額の請求を為し得る旨規定しているのであるが、右第十四条の規定はこれを同法第六条第三項と考え合せることを必要とする。即ち右両条を統一的に理解するときは、これを農地につき賃貸価格ある場合について述べるならば右第十四条は第六条第三項の有効を前提とし、即ち農地の対価の額に不服ある者は国を被告として増額の訴を以て第六条第三項の価額の範囲内に於て、その増額を求め得ることを定めたものである。換言すれば、右第十四条の訴は農地買収処分が適法に行われ、唯その対価の額についてのみ不服ある場合に関し、即ち斯る場合に於ては農地買収によつてその所有権は既に国に帰属し、国はその買収の対価の支払を為すべきであるから、その対価の額に不服ある者は国を被告として訴を提起し右第六条第三項の限度内にて増額の名の下に一種の損失補償を求め得るのである。即ち増額請求の訴は損失補償を求めるものであり、買収処分の違法を理由としてこれが取消又は変更を求めるものではない。されば買収対価につき不服ある場合に於ても、本件の如く右第六条第三項の定めを以て憲法に違反した無効のものなりと主張する訴は、右第十四条の訴を以て目すべきものでない。却つて被控訴人たる埼玉県知事が本件農地につき為した買収処分を違法のものとしてその変更を求めるものに外ならない。されば買収対価につき不服ある場合に於ても本件の如く右第六条第三項の定めを以て憲法に違反した無効のものなりと主張する訴は、右第十四条の訴を以て目すべきものでない。却つて被控訴人たる埼玉県知事が本件農地につき為した買収処分を違法のものとしてその変更を求めるものに外ならない。されば原審が控訴人は国を被告として訴を提起すべきであるとの理由によつてその請求を棄却したのは失当である。

仍て原判決を取消し、なお昭和二十二年十二月二十日最高裁判所規則第十四号に則り本件はこれを浦和地方裁判所に差戻すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六条、第三百八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 松田二郎 判事 岡崎隆 判事 多田威美)

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